• HOME
  • FEATURES
  • レジェンドライダーに聞く vol.2 今手 太陽 選手

レジェンドライダーに聞く vol.2 今手 太陽 選手

FEATURES

レジェンドライダーに聞くとは?

ランバイクレースで優秀な成績を収め卒業していった選手たちへのインタビュー企画。ランバイク後の活躍や現役時のエピソードなど、ランバイクファンなら気になる話をお伝えしていきます。

今回紹介する、今手 太陽選手(旧姓:道城)は、初の他者推薦選手です!

現役ランバイカーパパから現在の太陽選手を是非取材してほしいと要望を受け、実現致しました。

日本初のランバイクチーム【横浜 EQUIPE BIKES】のチームキャプテン。誰に教えられるわけでもなく、ストライダーで数々のトリックを身に付けYouTube上で話題となり、雑誌やTV出演も多数。

2011年フロリダで行われた第1回ストライダー世界選手権2011にトリックコンテスト招待選手として日本代表に選ばれ、ストライダー界のカリスマライダーと呼ばれた太陽選手。

ランバイクに乗り始めた頃から現在の夢に至るまでをインタビューさせて頂きました!

ランバイクレース主な経歴

-2010第4戦 in AQUA CITY ODAIBA DAY1 3才クラス2位 

-2010第4戦 in AQUA CITY ODAIBA DAY2 4-5才クラスファイナリスト

-2010第5戦スペシャルラウンド in JOSF and JBMXF DAY1フラットステージ 4-5才クラス2位 

-2010第5戦スペシャルラウンド in JOSF and JBMXF DAY2トレイルステージ 4-5才クラス優勝

-2011第2戦 in 新潟ラウンド4-5才クラス2位 

-2011第3戦 群馬みなかみラウンド4-5才クラス3位 

-2011第4戦 埼玉秩父ラウンド4-5才クラス2位 

-ストライダーカップ世界選手権2011 in フロリダ5才クラス3位 

-STRIDER-1 SUZUKA GP2011 4-5才クラス3位 

-2012第1戦横浜ラウンド4-5才クラス8位入賞

-2012第8戦ファイナルラウンド6才クラス4位入賞

Q1 お子様のお名前、生年月日、名前の由来などを教えて下さい。

今手太陽(いまてたいよう) 旧姓 道城(みちしろ) 2006年7月28日

夏の暑い日に太陽は生まれました。自ら輝き、周りを照らしているような子になってほしいという願いが込められています。

ストライダー時代は道城(みちしろ)。小学校4年生になる年に家族揃って今手に改姓。

Q2ご両親のスポーツ歴を教えてください。

母 スイミング歴2年、バスケットボール歴14年 父 サーフィン歴18年、サッカー歴23年

Q3ランバイク購入のきっかけと当時のランバイク環境などを教えて下さい。

日本に輸入される前に気になってたアイテムでした。豆魚雷が輸入販売を開始した頃に購入。

当時はランバイクが珍しく、公園で乗らせていると興味を持って話かけてくださる方がいました。

ちょうど引っ越しをしてきたばかりで友達がいませんでしたが、ストライダーをキッカケに購入者やお友達が増え、チームができるまでになりました。チーム名すら決まってませんでしたが、豆魚雷 岡島社長の思いつきで仮のチーム名が決まりました!笑

当時のストライダージャパンブログにご紹介頂いた記事です。 https://ameblo.jp/striderbike/entry-10404530941.html 

Q4ランバイクに夢中になっていた頃の思い出と現在夢中になっているご家族へのメッセージ。

太陽は当時モトクロスのスーパークロスやBMXのフリースタイルなどが好きで真似をするところから始まりました。

後に数々のストライダーでのトリックを開発し今のトリックの基盤を作りました。

足を乗せる所にスケートボードのデッキテープをはったり、純正のグリップでは豆ができてしまったのでBMXのグリップを加工し装着したりしていました。

その後パークやストリートでのライディングを好むようになり、成長にともないストライダーをカスタムしていくことになります。

当時お世話になっていたSTORMYの榎本氏(現在ストライダーパーツを取扱うChavez Tokyo)と共に試行錯誤しカスタムをしていました。ここで世界初のカスタムストライダーが誕生します。

最初は体とバーにスペースが欲しかったのでストライダーにステムをつけ幅を広げることにしました。のちに高さを出すためにBMXの2ピースバーをつけ高さを確保しレースなどではピストなどで使われていた1ピースバーを着けていました。

このバイクで色々なイベント、雑誌、テレビなどに出演していたためカスタムが浸透して行くことになりました。

当時から皆さんにアドバイスしてきましたが、ステムやバーの変更はあくまでも成長にともないトリックをやりやすくするためのカスタムですのでランバイクにまだなれてない段階からのカスタムはオススメしません。

グリップやタイヤなどのカラー変更やステッカーチューンはたくさんやって個性をだして楽しむのは最高ですけどね。

練習はとにかく親子で楽しんで乗ること。

失敗は経験ですのでたくさん失敗して学ぶことが大事です。

アドバイスがあるとすれば、あくまでも子供が主役レースであったり遊びですので、親のエゴはださないように意識して取り組んだ方が良いと思います!

Q5豆魚雷 岡島社長らとともにレースを作られた経緯を、当時の背景や実際にレースが開催された際の感想なども含め教えて下さい。

当時はとにかくストライダーで小さい子たちがBMXのようなレースをしたら楽しそうだよねなどの一言から実現しました。

だんだん幼稚園などで徒競走などで順位をつけなくなってきていたのでなんか真剣な競争をさせたいとか何とか色々な思いが合わさって実現したレースでした。とにかく楽しかったです。

第1回湘南バイシクルフェスの模様 ストライダージャパンのブログより

https://ameblo.jp/striderbike/entry-10489165905.html

https://ameblo.jp/striderbike/entry-10494512987.html

Q6思い出に強く残っているレースを教えて下さい。

フロリダのサラソータで行われた第一回世界大会です。

当時のストライダージャパンのブログ  https://ameblo.jp/striderbike/entrylist-25.html

ノーペダルズの大道寺さんが作ってくださった動画です。

Q7ランバイクレース時代のライバルとのその後の関係を教えて下さい。

リュウくんやタカトくん、ライムくんなど色々な方面で頑張っているのはもちろん知っています。太陽は特に意識はしていなく、いちファンとして大好きな仲間たちを全力で今でも応援してます。

Q8ランバイク後のスポーツ歴を教えて下さい。

ランバイクと同時期に3年間スポーツクラブの体操教室に通い、クラブ代表に選ばれ大会初出場。

ランバイクを卒業後BMXフリースタイルへ。

小学校を入学を機に団体競技をすることに。

ここでサッカーやバスケは両親がやっていたので選択肢にはありません。どうしても僕らがやっていたスポーツだと親のエゴがでて選手としてのびないのではと考えたため。

小さい頃からアメリカンフットボールやアイスホッケーなどアメリカンスポーツが大好きだったので、親戚がやっていたアメリカンフットボールをやることになります。

低学年の時は叔父さんの母校の法政大学のチームでフラッグフットボールを始めます。

低学年のキャプテンをつとめフラッグフットボールを卒業。

高学年から本格的にアメリカンフットボールを始めるために現チームノジマ相模原ライズに入ります。

現在は最高学年になりキャプテンとして関東優勝、関西交流戦を制するため日々奮闘中です。

ここまでは太陽自らが計画をたて決断して今に至ります。

Q9夢を教えて下さい

日本人初のNFL選手になること。

Q10ランバイクをまだ始めていない方からランバイクレースに思いっきりあつくなっている後輩たちへ一言あればお願いします。

チームのみんなや自分のために頑張ってください。とにかく楽しむことが一番です。

 

幼少期にランバイクに出会い、目標に向かい夢中で楽しむことを経験した太陽選手は、NFLの選手になるという日本人では一人もなし得ていない大きな目標にチャレンジする少年に成長していました。

ランバイクレースは生涯スポーツではなく、幼児スポーツです。

ランバイクレースの結果のみに夢中になるのではなく、未来へつなげていきましょう。

 

ランバイクを全てのスポーツの始まりに。

 

ピックアップ記事

関連記事一覧